演奏楽器

ソロリサイタル、協奏曲全曲演奏会で使用する楽器をご紹介。それぞれの楽器の音色を、ぜひ会場でお楽しみください。

Flemish double manual harpsichord after 18th century model, Akira Kubota 1996

工房設立以来、ルッカース工房の様式美に強く傾倒し標榜してきましたが、それは同時に17世紀の音楽表現に制限されることを意味します。

現代のチェンバロ用コンサートピースの多くを占める、18世紀音域への対応は、所謂コピー、レプリカから一歩踏み込んだメイカー独自の設計思想を反映させる、脱コピー姿勢の模索を続けています。1996年製作の18世紀フレミッシュ様式二段チェンバロは、久保田工房の一里塚的作品です。(久保田チェンバロ工房)

French double manual harpsichord after N. et F. Blanche 1730, William Dowd-Paris 1982

この楽器は、当時フランスでもっとも有名であったハープシコード製作家、ニコラとフランソワ・ブランシェ親子が1730年に製作した楽器を基に製作されています。ブランシェ家は、18世紀のパリで4代続いたハープシコード製作家一族で、ニコラとフランソワは、初代と2代目です。

1982年に完成したこの楽器は、パリのアトリエ・フォン・ナーゲル社において私も製作に携わったフレンチハープシコードです。アトリエ・フォン・ナーゲル社は、1963年にラインハルト・フォン・ナーゲル氏とパリの美術家具職人によって設立された会社です。後に歴史的チェンバロ復興の先駆者であるウイリアム・ダウド氏が加わり、多くの歴史的チェンバロを製作し世界的な名声を得ている工房です。(モモセハープシコード株式会社)

German double manual harpsichord after M.Mietke 1702~4, Bruce Kennedy Amsterdam1995

アメリカ人であるブルース・ケネディは多くの著名な演奏家から多大な信頼を寄せられる名工としてアメリカ、スイス、オランダと自身の工房を移転しながら今はイタリアに本拠地をおいて活躍を続けています。

ケネディ自身が最も得意とし、評価も高いのが、M.ミートケ1702~4年製作を元にしたこの楽器です。J.S.バッハが楽長として勤務していたケーテン宮廷のために購入し、その楽器の披露演奏会に演奏したのが《ブランデンブルク協奏曲第5番》であったと見られています。また、シャルロッテンブルグ宮殿の柱と、このチェンバロの脚のデザインは共通しており、プロイセン王宮ご用達の装飾家によるものと窺える部分です。(株式会社ギタルラ社)

French double manual harpsichord after Nicolas Blanchet 1722, David Ley ca.2012

スイス在住の製作家、デヴィッド・レイによる18世紀フレンチモデルの楽器です。 アメリカ出身のデヴィッド・レイは、パリのチェンバロ修復家ユベール・ベダールのアトリエで楽器製作を学びました。ベダールはパリのコンセルヴァトワールにある楽器博物館所蔵の楽器の修復も担当しており、その関係でレイも同博物館やヨーロッパ各地の貴重なオリジナル楽器の修復を数多く手掛けました。現在はスイスに工房を構え、オリジナル楽器の修復とレプリカの製作を行っています。

私の恩師でもある故スコット・ロスは、亡くなる直前までレイの楽器を愛用し、ロスが遺した数々の録音にもレイは参加しています。私がレイの楽器を知ったのはロスを介してでした。私もこれまでに行った全ての録音でレイの楽器を使用しています。

今回フェスティバルで使用するチェンバロは、1722年に製作されたニコラ・ブランシェをメインに、1704年と1707年のニコラ・デュモンの作品もモデルにしています。レイの楽器の特徴は昔ながらの製作方法に非常にこだわっている点で、製作技術や装飾様式だけでなく、接着剤などの材料に至るまで独自の研究に基づいて楽器を作っています。

この楽器の一番の魅力は、表現力の豊かさにあります。例えば、私がこの楽器を弾いている時に、自分の意図した以上の表情やニュアンスを楽器が出してくれます。それによって、私の表現意欲を更に掻き立たせてくれるのです。私と楽器とのやり取りの行き着く先に何が待っているのか、人生の大いなる希望であり、謎でもあります。(曽根麻矢子)