児玉桃 メシアン・プロジェクト2022

20世紀最大の作曲家オリヴィエ・メシアン(1908.12/10-1992.4/27)は、作曲家・オルガン奏者・ピアニスト・教育者・鳥類学者と幅広い顔を持ち、敬虔なカトリック信者でもあった。メシアンの作品には「神」と「自然」への愛が込められており、聴く者に深い感動を与えてくれる。没後30年の今年、メシアンエキスパートと称される児玉桃が、メシアンの世界へと誘う。

オリヴィエ・メシアンの人物像と児玉桃メシアン・プロジェクト
野平多美(作曲家、音楽評論家)

『メシアンは、崇高な音楽家で、キリスト教に帰依し深い信念で独自の音楽語法を築いた。』
<聖トリニテ教会の正オルガニスト>で<パリ音楽院アナリーゼ科の教授>、ピアニストのイヴォンヌ・ロリオの夫として「トゥーランガリーラ交響曲」や「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」などを妻に献呈した作曲家であるということなど、そしてそれらの作品が子弟によってしばしば演奏会に取り上げられることで、メシアンの名は世界中に轟き、フランスが誇る巨匠として終生君臨した。

メシアンという一人の人間としての魅力

 実は筆者はこのような教科書通りの人物像より、メシアンにもっと人間臭さや俗的な面に魅力を感じている。音楽そのものもまことに直裁で派手なところもあり、内省的で思慮深い作曲家というだけでは収まらない。メシアンは、自然を愛し、外に出て小鳥の鳴き声に耳を傾け、自らの作品の初演ばかりか再演でもロリオ夫人と連れ立ってどこへでも出かける行動的な人であった。高弟のピアニストで作曲家の藤井一興氏に、1970年代当時にメシアンはコーラが好きでいつも飲んでいたという意外な一面を聞いたことがある。子供のようではないか。また1931年の最初のピアノ曲集「8つの前奏曲」を通して、同曲の被献呈者で日本の音楽界にも大きく貢献したアンリエット=ピュイグ・ロジェ女史とのほのかな好意の交換が垣間見えたり、歌曲集「ミのための詩」を前妻クレール・デルボスのために作曲したり、なんとほのぼのとした情感豊かな青年だったのであろう!一方で昨年邦訳が出版された大著「伝記 メシアン」(邦訳・藤田茂)に記されているように、演奏家としての活動、教会オルガニストとしての制約、パリ音楽院の教授としての義務、また世界から委嘱作品を依頼されることで1970年代から80年代にかけてあまりに多忙で、大作のオペラ「アッシジの聖フランチェスコ」の作曲に集中することが困難で、メシアンを苦しめていたということも詳らかになり、メシアンが一人の人間として自分の信念を貫く作曲家でいることが常に平穏でなかったこともわかってきた。

メシアンの音楽語法の“サイン”

 ドデカフォニー(十二音技法)の作曲家たち、シェーンベルクやウェーベルンは、一聴すれば新ウィーン楽派とわかるが、それよりも自我が音楽に明確に表れているのがメシアンである。フレーズを聴くとメシアンとわかる“サイン”を持っていた。それは十二音技法と教会旋法から着想を得たと推察される「移調が限られた旋法」、また「逆行できないリズム」、そして「鳥の声をリアルに音楽によって描出する」というような、思いがけないユニークな発想を理論化して規定(ルール)を作り、自作で実践することを成し遂げたからである。そのルールはメシアンの作品に色彩を与え、定型の身振りを作り、各作品で作曲家が言わんとすることを明確に発信することになる。

メシアンと弟子たち

 メシアンは、パリ音楽院の和声科、次いでアナリーゼ科教授になる以前に、すでに既知の若い作曲家数名のグループに対して定期的にモーツァルトから後期ロマン派までの作品分析をしていた。その頃からの熱心な参加者の代表格がピエール・ブーレーズであり、パリ音楽院においては聴講生まで入れると、21世紀のいま活躍しているフランスの作曲家で、メシアンの講義の恩恵を直接、あるいは間接的に受けていない人はいないほどである。そのくらい過去の作品をよく分析して理解することを後進に教え、また前述のメシアン自身特有の作曲理論を惜しげも無く開陳していたことも大きい評価に値する。

2022年はメシアン没後30年

 今回のプロジェクトは、そのような一人の人間としてのメシアンの人柄や人生を辿ることが出来る興味深いプログラムである。
 Vol.1では、リズムの研究者であったメシアンへのオマージュにも取れるライヒのリズム遊びで始まる。ラヴェル作品についてはパリ音楽院のアナリーゼの講義でもしばしば語ったようで、メシアンは楽曲分析のメモを多く残した。メシアン没後に、ロリオ夫人がそれを一冊の著書にまとめている(「メシアンによるラヴェル楽曲分析」邦訳・野平一郎)。そのラヴェルの傑作「ラ・ヴァルス」に呼応するように、この回唯一の宗教色が表れる「アーメンの幻影」で締めくくられる。メシアン夫妻の共演で初演された名曲である。
 Vol.2は、その続きに作曲されたピアノ曲集の20世紀の傑作「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」で、メシアンのキリストへの帰依の全てがホールに響き渡ることであろう。
 Vol.3には、メシアンの苦しみの記憶の一つ、ドイツ軍の捕虜になった際に収容所で作曲された「世の終わりのための四重奏曲」が登場する。若い時分の辛い経験がメシアンの心に影を落としたが、それをキリスト教への信仰の深さで乗り越えたことを、児玉桃を中心に素晴らしい演奏家によって存分に聴けるチャンスである。